日々の空

気の向くままに写真を撮り、思いつくまま文章を綴った日々の泡の記録。

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一筋の光

一筋のが照らしている部分、そこだけに視神経を集中する。
その瞬間にしか見られないを捉えることは、写真の本質を再確認することに等しい。
輝度差の激しい被写体を目の前にして、そんなことを考えた。

一人で散歩しながら撮る写真には、その時の思考の断片が写りこんでいることがある。

07073101.jpg

代々木
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  1. 2007/07/31(火) 23:14:31|
  2. Zeiss Ikon Biogon 35mm ZM
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蓮とローライとライブビュー

嵐と嵐の間に出来た間隙を縫うように、大きく開いた蓮。
曇り空はさながらホリゾントのようだ。

少し前に咲いた時は、次から次へと蕾が上がってきて、絶えず2~3個の花が咲いていた。
その後少し間を空けて、今回は2つのみ。
その分より高く、大きく開いた。
数少ない方が栄養を集中できるということの証明。

07073001.jpg

701



E-410にプラナーをつけて、ライブビューで撮る。
ローライフレックス3.5Fプラナーで撮る。
電気を必要とするかどうか、というのはカメラに対する決定的な認識の違いをもたらすが、撮っている時のスタンスや心構えは、意外と近い。

ライブビューなんて使わないかな、と思っていたが、気軽に撮るには案外重宝する。
普通にファインダーを覗く時の「さあ、撮るぞ」といった緊張感が薄れるからだろう。
利便性ではなく、そういう感覚的な面でライブビューを語る人がもう少し現れてもいいようにも思う。


  1. 2007/07/30(月) 23:59:43|
  2. OLYMPUS E-410 Planar 50mm
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飛べない代わりに

どこに向かうのか?
一直線に、迷い無く飛ぶ、かっこいいやつだった。
こんなに美しい空をバックに飛べるなんて、うらやましいな。
まあでも飛べない代わりに写真が撮れるから、よしとするか。

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701
  1. 2007/07/29(日) 23:28:58|
  2. Zeiss Ikon Biogon 35mm ZM
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雨宿りの時間

急な大は、日本がアジアの一国であることを思い出させる。
が止むまでの間の宿りの時間は、みな何をするでもなく目の前の光景を眺めている。

ネパールに行った際に驚いたのは、の中にいる”何もしていない”人の多さだ。
ただ目の前の光景をぼんやり眺めている、そういう人がのいたるところにいる。
試しに一度同じように何もせずに道端に座ってみた。

こちらが動いていると気づかないような小さな動きが、そこかしこで起こっていることに気づく。
さながらストーリーのない映画を延々と見ているかのようだ。
同じようにぼんやりを眺めていたおばさんは、何をきっかけにしたのかわからぬまま、家の中へと引き上げていった。
隣のおじいさんはまだじっと一点を見つめている。
ふと思い出してそのおじいさんの横顔にシャッターを切った。
OM-1のシャッター音が静かだから気づかなかったのか、気づいても気に留めなかったのか、おじいさんはまだ一点を見つめたままだ。


宿りをしながらそんなことを思い出していたら、目の前を男性が通り過ぎた。
何気なく足元を見やると、左右違うサンダルを履いている。
怪我をしている様子でもないので、どういった理由でわざわざ歩きにくい組み合わせを選択したのかが気になった。
同じように宿りしている他の人は、そのことに気づく様子も無くぼんやりと空を眺めている。
その無頓着さに普段あまり感じられない寛容さを感じる。
アジアの一国であることを思い出した理由は、どうやらこのあたりにもありそうだ。

07072901.jpg

大塚
  1. 2007/07/29(日) 23:03:22|
  2. OLYMPUS E-410 ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm
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夏の特権

もう夕陽は見られないだろうと思って帰宅した。
街はすっかり夜の始まり。

部屋を抜け、まっすぐベランダに向かう。
西のにうっすらと紅。
予測は良い方向に裏切られた。
夏の特権。

今日見てきた写真展の影響もあるのだろうか、淡いグラデーションに惹かれる。
ドラマチックなも良いが、平凡でやわらかいも好きだ。
それは日々の生活に置き換えても言えることではないか、と思う。

07072801.jpg

701
  1. 2007/07/28(土) 23:30:35|
  2. OLYMPUS E-410 ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm
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蜂の体色とフィルム交換の時間

ギャラリー冬青に渡部さとる師匠の写真展を見に行った日。
住宅街を歩いていると、突然目の前にひまわり。
そういえばこのところひまわりをしっかり見た記憶がない。

じっくり写真を撮ろうとすると、1匹の蜂が一生懸命蜜を集めていることに気づいた。
蜂の黄色と黒の体色は、警告色ゆえのものなのだが、ひまわりの中にいると保護色ともなりうることを発見する。
受け売りの知識よりも、目の前の光景を純粋に捉える目を持ち続けたい。

の下一人街を歩くと、自然とフィルムが消費されていく。
冬青にたどり着くまでに予測していたフィルムを使い切り、フィルムを入れ替える。
フィルムを入れ替える作業は、静かに自分の世界に入り込み、自問自答する時間。
不便なことが時に重要な時間をもたらす、ということに気づける機会はそんなに多くない。

冬青の前を通り過ぎてもう少し散歩しようかと考えていたら、ガラス越しに師匠の姿。
散歩の続きは別の日におあずけにして、そのまま冬青に入ることにした。

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中野
  1. 2007/07/28(土) 01:05:28|
  2. CONTAX G2 Planar 35mm
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ビオゴンで写す空

台風が湿度も塵も運び去ってくれた日。
ベランダから眺めるが青くて気持ち良い。
冬の深く沈んだ青とは違う青。
雲の白さのせいか、青に透明感があるように感じる。

この青を濁り無く正しく捉えるために、ポジフィルムを使う。
レンズはビオゴン。
ビオゴンで写すが最も好きな青になる、ような気がする。
しかしこの「気がする」というのが大切なのだと思う。

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701
  1. 2007/07/27(金) 23:59:16|
  2. Zeiss Ikon Biogon 35mm ZM
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3時33分の目覚めと夏の記憶

1匹の蚊に起こされた。
7階の部屋ではめったに蚊を見ないが、忘れた頃に出現することがある。
恐らくエレベーターに乗ってやってくるのだろう。
エレベーターから降りた蚊は、そこが地上から20mほど上空であることには気づかない。
それは幸せなことなのか、不幸せなことなのか。

しょぼつく目で時計のデジタル表示を見ると、きれいに3が3つ並んでいる。
なんとなく思考が働いて、少し目が覚めた。

ベランダに出て寝静まったを見る。
静かなだな、と思っていたらたっぷりと湿り気を含んだ風が吹いてきた。
7月も終わりだというのに、少しひんやりとして心地よい。
風が運んできた匂いが、小学生の頃のキャンプでのテント泊を思い出させた。
のテントで目覚めた時の感覚と同じだ。

自分以外の全てが寝静まっている静寂に、風だけが動いている。
一人だけ別の世界に来てしまったような、不安と孤独。
誰も知らない世界を垣間見たような、優越と興奮。
匂いの感覚は長期記憶だということを実感する。


ベッドに戻り眠ろうとするが、なかなか寝付けない。
こういう時は潔く一度起きて本でも読んでしまう方がいいのではないか、と考える。
そういえば小学生の頃にはドストエフスキーを夢中になって読むことはなかった。
歳を重ねることは悪いことではない。
嗅覚に呼び起こされた夏の記憶で、時間の蓄積を肯定する。

灯りを点けたらまぶしいだろうか、と考えていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。

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701
  1. 2007/07/26(木) 23:19:30|
  2. OLYMPUS E-410 ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm
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OM-1、OM-2、E-410

初めて自分で買った一眼レフカメラは、オリンパスOM-1だった。
中古で、ファインダーの腐食が見られたため、破格の値段で買うことが出来た。

OM-1は発売当時、機能を詰め込み肥大化の一途を辿っていた他のメーカーの一眼レフカメラに対して、風穴を開けたような存在だった。
機能的に古くなったとしても、その1点だけでOM-1を所有する価値があるように思えてくる。

OM-2は、OM-1に絞り優先AEを搭載し、電子シャッターとなったカメラだ。
絞り優先AE時には、ファインダー内左側に並ぶシャッタースピードに針が重なることで、実際に切れるシャッター速度を表示する。
マニュアル撮影の際には、ファインダー内のシャッター速度表示部分が左側に隠れ、+と-の枠だけが表示される。
この状態ではOM-1のファインダー表示と変わらないことになる。

OM-2は非常に使い易いカメラで、ファインダー内の表示を機械的に変える「からくり」などは、まさに感動に値するのだが、電子シャッターであるため、故障した際に修理できなくなる可能性がある。

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E-410は、OM-1の大きさも意識して作られたという。
他のメーカーのカメラには追いつけないような小ささに仕上がっているのは、オリンパスのDNAのなせる業か。

デジタルカメラは基本的に新しいものの方が優れている。
ただ、E-410はある意味OM-1と同じように、将来的に「デジタル一眼レフカメラ市場に風穴を開けた存在」と評価されるかもしれない。
そういう価値というのは、機能が古くなろうとも廃れない。

機能的に優れているOM-2よりもOM-1の方が出動回数も多く、思いいれの深いカメラとなった僕のような人間には、E-510ではなくE-410である必要があったのだ。

2007072602.jpg
  1. 2007/07/26(木) 23:05:49|
  2. 撮影機材
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E-410と路地の先

ふとしたきっかけで降ってきた目的地に向けて、なんとなく歩いた日。
おおよその場所だけを頼りに、道に迷うことを半ば期待しながら、細い道の先に新しい世界を期待する。
梅雨の合間の曇り空。
たっぷりと水を与えられた植物に、生命力が溢れているようだ。

新しいカメラの試し撮りを兼ねて歩いたが、撮るのはいつもと変わらぬ場面。
E-410の初期設定のJPEGが、なんとなくネガカラーの発色に近い印象を受けていたので、光の微妙なトーンが存在する場所を無意識に探していた。

路地の先に開けた空間があると、そこに光が溢れているように見える。
何か希望が待っているような、そんな錯覚にとらわれて夢中でシャッターを切った。

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大塚、雑司ヶ谷


E-410を持って歩く感覚は、CONTAX G2やT2を持って歩く感覚と似ている。
AFで、AEで、どんどん撮っていく。
露出の傾向をつかむために、最初は極力カメラ任せ。
渡部さとる師匠がアルルに持っていったE-510について、露出が正確であることを話されていたが、E-410も比較的意図どおりの露出となるようだ。

撮影は基本的にJPEG。
RAWで撮らないのは、カメラの吐き出すJPEG画像が、フィルムの違いのようにそのカメラの個性を表しているように思うからだ。

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E-410のファームウェアがアップデートされた。
ソフトウェアのアップデートは、公開されている更新内容以外にも、公にされていないバグの改修を含むことが多い。
さっそくアップデートした。
OLYMPUS Master2というソフトをインストールし、インターネットに接続した環境下でなければインストールできない。

電池さえ要らないカメラとは大違いだ。
  1. 2007/07/25(水) 23:16:30|
  2. OLYMPUS E-410 ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm
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ローライフレックスで写す空

ローライフレックスのファインダーを覗く。
流れる雲が映画の1シーンのようだ。
シャッターを押しても、シャッターを押さなくても、直に見るとは別物の美しいものを見ている感覚。
シャッターを押すタイミングは、雲の形との青との配分次第。
あまり考えずにただただ感動が写ればよいと思っている。

そうやって撮られたの写真が、かなりの枚数になってきた。
別にどこかに発表するわけでもなく、まとめて作品にしようと思って撮っているものでもない。
ただ自分が東京に来て初めて住んだのが、のよく見えるすばらしい部屋だったということが記録されればよい。
このの写真を見た将来の自分が、今の自分のことを少しでも思い出せればそれでよい。

今日のもいい空だった。

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701
  1. 2007/07/24(火) 23:46:47|
  2. ROLLEIFLEX 3.5F Planar
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風に揺れる五色の旗

風に揺れる旗が好きだ。
旗が魅力的に見えるのは、目に見えない風という自然現象を明確に可視化しているからではないか、と考察したことがある。
ネパールのストゥーパと呼ばれる塔にかかる五色の旗を眺めていた時のことだ。

オリンパスE-410を買って、試し撮りついでに護国寺の前を通りかかった時、ふいに五色の旗が目に飛び込んできた。
何かの催事なのだろうと思ったが、その内容を確認することよりも旗のゆらめく様に心を奪われた。
ネパールに行ってからかなりの時間が経っているのだが、時間も空間も飛び越えて同じような配色の旗を見つけることによって、突然記憶が呼び起こされたことになる。
そういえばあの時肩から斜めがけにしていたのは、オリンパスのOM-1だった。

ストゥーパも仏教に由来する塔であるから、恐らくルーツはそちらにあるのだろう。
日本における仏教のイメージは黒や茶色、赤と言っても朱色なので、あまり彩度の高くない渋い色を想像してしまいがちだが、ネパールで見たチベット仏教寺院はまさに極彩色だった。
そういう目で見ると、日本の仏教建築の中にも、案外彩度の高い派手な色彩を施したものが見られることに気づく。
人間の思い描くイメージなど大して当てにならないのか、とも思えてくる。

数日後、同じ護国寺の門の前を通りかかると、案の定旗は取り外されていた。
揺れている五色の旗の華やかさがなくなり、渋い色で構成された門を見ていると、”ハレ”と”ケ”の存在が生活に変化を与えてくれていることを実感する。

それにしても何の催事だったのかな、と気にはなったが、この写真を見るまでは忘れていた。
自分の生活と直接関わりのないことに対する関心など、その程度のものなのだろう、と妙に納得する。

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護国寺
  1. 2007/07/23(月) 22:36:59|
  2. OLYMPUS E-410 ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm
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”写真家渡部さとる”のオリジナルプリントを買う

オリジナルプリントを買うという行為に対して、正直に言うと少し懐疑的だった。
写真は1枚で成立するものではない。
ならば1枚のプリントに数万円出すよりも、写真集を何冊も買う方が幸せになれる、そう思っていた。

ところがこの1年、ワークショップに参加してから、写真家がどのような思いでプリントを仕上げるのか、1枚のプリントを仕上げるためにどれだけの労力と費用がかかるのか、といったことを間近で見て、写真集とオリジナルプリントはまったく別の次元で成立する作品なのだ、ということを肌で感じることができた。

そして先日発売された旅するカメラ3traverseを読んで、心の底から「この人の作品が欲しい」と思った。
写真集や書籍ではなく、その原点となるもの、そして本当に好きな人しか手に入れられないものが欲しい。
たぶん僕にとってはこれがオリジナルプリントを買うタイミングなのだろうと思った。

ギャラリー冬青の展示プリント以外にも、traverseの中のイメージであればどれでも購入することができると聞き、traverseを隅から隅まで何度も見た。
旅するカメラの1~3も、午後の最後の日射も、1日の始まりに開く本も、Webサイトも、およそ見ることのできるすべてのイメージを見た後、候補を2枚に絞った。
そして2Bに行ってその写真が撮られた時の状況や裏に広がるストーリーを聞き、候補のプリントを見せてもらい、冬青に展示を見に行き、そして今日もう一度2Bに行って最終的に1枚に決めた。

1枚のプリントを購入するまでのステップとしては、相当時間をかけた方だと思う。
その間ずっと「この写真が自分のものになる」というわくわく感が持続した。
自分にとって簡単にいつでも買える金額ではないことも手伝って、「特別なものを買うのだ」という喜びを味わえたのだと思う。

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購入したプリントは、ハワイのシダの写真。
・長年モノクロをプリントしてきた人だから、やはりモノクロ
・好きなグレーのトーンがたくさん入っているもの
・できれば島で撮られた写真
・フォーマットは1枚で完結する印象のある正方形
そんな判断基準で選んだ。

代表作やビンテージプリントにしなかったのは、「後で価値が上がるんじゃないだろうか?」といった邪念を追い払った上で、純粋に好きな写真を選んだ結果だ。
とはいえ、購入したプリントはtraverse1日の始まりに開く本の印刷原稿になったプリント。
このプリントを使って本や写真集が印刷されている。
そういう意味ではたった1枚きりのプリントだ。


先週2Bに行ってこの写真を見せてもらった時に聞いた話が印象的だった。
「何枚か焼いたりするんですか?」
「あんまりたくさんは焼かないよ。
2,3枚焼いて失敗したものは破く。
陶芸家が茶碗を割る気持ちがよくわかる。」
同じトーンが出ていても、少し傷が付いていたりすると作品にはできない。
残しておくと後から簡単に見分けが付かなくなってしまうことを恐れての処置だ。

そうやって焼かれた数少ないプリントの1枚が、今僕の手元にある。
なんという幸せな気分。

なんだ、オリジナルプリントを買う喜び、というのはこういうことだったのか。


  1. 2007/07/22(日) 22:09:44|
  2. CONTAX i4R
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偶然性を受け入れる

なぜ自分がそこに立ち止まり、写真を撮ったのか。
撮っている時にはそれなりの意図を持って撮っているのだが、撮ってから時間をおいて見ると撮った時とは違った感覚を見つけることが出来る。


鬼海弘雄さんがインドの写真を見ながら話をされた時、
「撮る時に見えている(意識している)のはこれぐらいですよ。」
といって画面内の範囲を指し示してくれたことをよく覚えている。

「見えている」部分に関しては明確な意図を持って人物の配置や背景との関係を考えているそうだが、周辺部分は撮る時には見えていないと言う。
それが見事な配置で画面内に収まっているのを見ると、全部計算されたものかと思ってしまうのだが、そうではないことをしっかりと認識されている。

撮る前に考えられるだけのことは考えるけれど、その範疇を越える部分も存在する。
そしてそのことを否定せずに受け入れる。
所詮人間が考えられることの範囲は限定されているのだから、偶然性も含めて目の前の世界を受け入れよう、そしてそこにこそ写真のおもしろさが存在しているのではないか、そう言われているような気がした。

07072201.jpg

大塚


僕は鬼海さんの言葉からとても大切なことを感じることが多い。
写真のことだけでなく、人間の存在そのものに対することも。
ただしこれは僕が読み取った解釈の仕方であって、他の人が聞くと全然違うことを感じるかもしれない。
以前いただいた鬼海さんご本人からコメントにそのことが端的に現れている。

「ただ思いつきで話しているだけです。
でも読んで貰うのはそれは聞き手の力だと思います。」

これもまた僕にとっては大切な言葉だ。

  1. 2007/07/22(日) 11:39:21|
  2. ROLLEIFLEX 3.5F Planar
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  4. | コメント:2

気にも留めていない日常

デジタルカメラでは空シャッターが切れない。
フィルムを装填する必要がない変わりに、フィルムを抜くことも出来ない。
メディアを抜いてしまえばよい、という話もあるが、「メディアが挿入されていません!」と言ったメッセージが出てきてなんだか悪い事をしているような気分になってしまう。
これでは本末転倒である。

カメラが好きな人間は、カメラを手にすると必ずファインダーを覗き、ピントを合わせ、シャッターを押したくなる。
フィルムカメラでは写真に残ることの無かった、普段気にも留めていないありふれた日常が記録されることになる。
まあそれはそれでいいことなんだろうな。

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701


ただしそれが作品になるか、というとそんなに甘く無いことには注意が必要だ。

  1. 2007/07/21(土) 23:59:13|
  2. OLYMPUS E-410 ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

一年に一度の夕暮れ(ローライフレックス編)

特別な日のを、正方形に切り取る。
ファインダーを覗いていると、それだけで何かが満たされていく。
雲の動きに見とれながら、何枚もシャッターを切った。

07072001.jpg

701


この日は特別な日だったので、CONTAX i4R、CONTAX RXⅡ、Rolleiflex 3.5Fの3台のカメラを撮った。
i4Rはその日のブログにアップするため。
RXⅡは最もなじみのある35mmのフィルムに、日付付きで定着させるため。
そしてローライフレックスはできるだけたくさんこのをフィルムに焼き付けるため。

ローライフレックスで撮った瞬間が一番、大切なものが写りこんだような気がした。
撮影前の所作がそうさせるのか、ファインダーの大きさがそう感じさせるのか。
この”大切なものが写った気がする”感覚というのは、とても大切な感覚だと思う。
別のものを手に入れる代わりに、簡単に撮れるカメラが失っていくものの一つ。

  1. 2007/07/20(金) 23:10:31|
  2. ROLLEIFLEX 3.5F Planar
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E-410にプラナー50mmで蓮を

E-410を買った翌日、ベランダで蓮が咲いた。
何かの縁だと思って、Planar 50mmをつけて最短距離付近で撮った。
デジタル専用設計のレンズと違って描写が甘い面もあるのだが、今作ろうと思っても作れない、その甘さが必要だった。

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701


E-410の採用しているフォーサーズシステムは、デジタルカメラのために作られた規格だ。
詳しいことはここに書いてあるとおりだが、要するにできるだけセンサーに光をまっすぐ当てるための規格だと言える。
フィルムに比べるとセンサーの大きさが小さく、フィルム用の一眼レフのレンズを使う場合には、レンズ中心部のおいしい所だけを使うことになる。

よく言われている「同じレンズを使った場合、35mmフィルムに比べると焦点距離が約2倍になる」というのは、正しくは「写る範囲が約2分の1になる」ということ。
だからボケ具合や遠近感の圧縮の度合いも、レンズ自体の持っている性能そのものが出ることになる。

マウントアダプタを買ってコンタックス用のツァイスレンズを付けて撮ろうと思っていたのだが、いざ使ってみると銀塩用のレンズの重さがどうもアンバランスな気がして、結局キットレンズの使用頻度の方が高くなっている。
マウントアダプターをつけての撮影は、なんとなくレンズテストのような気分になってしまうのも要因かもしれない。
MFレンズで撮る必然性を感じる対象が見つかれば、またツァイスのレンズで撮ってみようと思う。
  1. 2007/07/19(木) 23:21:59|
  2. OLYMPUS E-410 Planar 50mm
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  4. | コメント:2

OLYMPUS E-410と台風一過の青空

去年の夏、少し苦い経験をした。
頼まれて撮影したのだが、結局不可抗力によりその写真の採用が見送られ、世に出ることもなくポジだけが手元に残った。
失敗が許されない撮影で、丸一日かけたため、フィルム代や現像代はそれなりの金額になったが、知り合いからの頼みだったこともあり、請求する気力も起こらないままうやむやになってしまった。
そんなことがあって、今後もし頼まれて仕事をすることがあったら、デジタルで撮影しようと思っていた。

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デジタルカメラは小さくなければならない、というのが持論だ。
フィルムという物理的な制約もなく、これまでのカメラの概念にとらわれる必要もないのではないか、と常々思っているので、コンパクトデジカメはCONTAX i4Rを愛用している。
頼まれ仕事にデジタルを使おうと思っても、普段はやはりフィルムで撮りたい。
仮にサブ機(どちらがサブかはわからないにせよ)と併せて2台持ち歩くことになるのであれば、軽いに越したことは無い。

そういう観点で見て、E-410は十分条件に合うカメラだった。
初めて自分で買った一眼レフがオリンパスのOM-1だった、といことも影響しているかもしれない。
いずれは購入するのであれば、古いOMシリーズのZUIKOレンズが使えるアダプターが無料でもらえるキャンペーン期間中に買っておいても良いだろうと判断した。
E-510とも迷ったが、手ぶれ補正や操作性よりも携行性を重視した。

P7160274.jpg

少し使ってみて(実はこちらのサイトには少し前からアップしている)、キットレンズを含めた軽さに驚く。
一緒に買ったCONTAXレンズ用のマウントアダプターを介して、PlanarやDistagonを付けてみたのだが、「CONTAXの一眼レフのレンズってこんなに重かったのか?」と驚くぐらいだ。
動作の軽快感も非常に好感が持てる。
重量だけでなく使用感も軽いのは、使っていて非常に心地よい。

画質については、台風一過のがこれだけ青く写れば言うことはない。
雲の白の中の偽色も気になるほど出ていない。
ホワイトバランスが暴れる傾向があるのは欠点だが、いずれファームアップで修正されることを期待している。

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新しいカメラを買ったので、そればっかりで撮っているかというとそうでもなく、しばらくはまだフィルムがメインになりそうだ。
このテスト撮影の後もしばらく続いた台風一過の青を、何で撮ろうかと思案した結果、ローライフレックスとZeissIkon+Biogon35mmに決定。
なんだかんだ言ってまた青だらけのポジが見たいのだ。

  1. 2007/07/18(水) 22:42:00|
  2. OLYMPUS E-410 ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:7

島の写真と旅の記憶

昨日2Bで旅の話を聞いていたら、最近一人旅をしていないことに気づいた。
東京に来ること自体が旅のようなもので、毎日が新鮮な日々だったので、あまり旅への欲求が沸かなかったのだ。
東京は狭い範囲にしっかりと個性を持った街が集まっているため、少し足を伸ばせばとても新鮮な目で世界を見ることが出来る。
とはいえ先日の山下恒夫さんの写真展traverseの写真を見ていると、海に囲まれた島の空間にどっぷりと浸りたい、という欲求がむくむくと浮かび上がってくる。

よく島に行っていた頃の写真は、ほとんど実家においてきてしまったが、沖縄に行った時の写真だけはスキャンしたデータがPCに入っている。
数年前のことなのに、撮った時の状況を細部まで覚えている写真と、あいまいにしか記憶に残っていない写真とがあることに驚く。

07071701.jpg

沖縄の島では、毎日素もぐりをしていた。
空を飛んでいるのかと思えるほどに透明度の高い海だった。
海から上がって、みんなが昼寝をしている時間、一人島を歩きながら写真を撮った。

陽射しが強くて倒れそうになりながら、山に登り、木をかき分けて奥へと入り込んでいく。
生い茂る植物の中に何かを感じる異質な空間を見つけたり、人が入り込めないと思っていたところに畑を発見したりしながら、自分が島にいることの実感を強くする。
一人で歩くことは、目の前の光景と真剣に向き合うにための最低条件の一つだ。
みんなで行っても写真を撮る時には一人になりたくなるのは、そういう理由からなのだろうと思う。

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いつも島に行くと泊めてもらう民宿がある。
島を離れる時、それが船であろうと飛行機であろうと、必ず見えなくなるまで手を振り続けてくれていたのが忘れられない。
来年あたりご無沙汰しているお詫びも兼ねて、あの時撮った写真を持っていこうかな、、、。

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沖縄/阿嘉島
CONTAX T2
  1. 2007/07/18(水) 00:01:46|
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旅する写真家に旅の話を聞く

台風一過の空を、ベランダでのんびり撮影した後、2Bへ。

グループ展用のブックを渡部さとる師匠に見てもらう。
並び順に関する具体的な話。
「写真の文法」に関する視点や考え方のヒントをもらった。

その後traverseを見ながら話をする。
ぱらぱらとページをめくりながら質問をすると、次から次へとおもしろい話が出て来る。
写真の奥にあるストーリー、撮影時の状況、食事の話やトラブルの話、、、、。
たくさんの国や島々を旅してきた写真家が、その写真を目の前に旅の話をしてくれる。
これ以上贅沢な時間があるだろうか?

師匠が別の部屋に仕事に戻った後も、しばらくtraverseを眺めていた。
たった今聞いたストーリーを、写真に重ね合わせてみる。
「写真の文法」のヒントを元に、並びやつながりの文法を紐解いてみる。
気づくと随分時間が経っていたが、traverseの中の島々にいるかのような、ゆっくりと静かな時間を過ごすことが出来た。

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新宿




traverseは、20冊以上まとめての購入で、トークショーを開いてもらえるとのことです。
http://blog.livedoor.jp/gallery2c/archives/51255947.html


  1. 2007/07/16(月) 23:14:46|
  2. ROLLEIFLEX 3.5F Planar
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一年に一度の夕暮れ

僕が生まれた日は、「夕焼けがとても美しかった」らしい。
数年前母親からもらったメールに書いてあった。
そして、「お父さんに似ていて、とてもうれしくて、涙が出た」とも。

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そのメールをもらってから、自分の誕生日の夕暮れ時は、両親のことを思うようになった。
いつも照れ屋の父も、この日ぐらいは喜びいっぱいにはしゃいでくれたのだろうか?
それとも静かに笑ってくれたのだろうか?
育てることに対する不安はなかったのだろうか?

誕生日は、祝ってもらうだけではなく、感謝する日でもあるのだ。

ベランダからの夕景にシャッターを切りながら、この空も両親がくれたもののように思えて、少しだけ目頭が熱くなった。

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701
  1. 2007/07/15(日) 23:49:51|
  2. CONTAX RXII Planar 50mm
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記念写真と家族のかたち

旅するカメラ3を読んでいたら、正月に実家に帰った時に撮った記念写真のことを思いだした。

昨年ワークショップに参加してから、写真とのかかわりが以前にも増して強くなった。
そんな気分も手伝って、今年の正月に実家に帰ったときに、家族の記念写真を撮りたいと思ったのだ。

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それまで毎年のように母親が「記念写真を撮ろう」と言って1月1日に実家の玄関の前で写真を撮っていたのだが、この数年撮らなくなっていた。
僕も姉ももう若くなくなったこともあるだろうが、ここ数年デジタルカメラの影響もあって写真が身近なものになり、写真そのものに対する思いが軽くなってきたのも要因ではないかと思う。
写真が身近になればなるほど記念写真1枚に対する重みが軽くなるというのは、まったくもって皮肉なものだ。

07071402.jpg

少し照れくさいながらも「久しぶりに家族の記念写真を撮らないか?」との提案に、母は喜んで賛同してくれた。
照れ屋で無愛想な父親は、こういう提案にいつも「めんどくさいな~」などと言うのだが、それが照れ隠しなのは家族みんながわかっている。
気づくと嫌そうにしていた父親が三脚とカメラを持ってきてくれている。

「やっぱりフィルムがいいな」という提案に、ミノルタのα-7が三脚にセットされる。
α-7はとてもよく出来た高機能カメラなのだが、父親のものなのでその機能を使ったことが無い。
でも絞りとシャッタースピードさえ決定してやれば、どんなカメラでも写すことができる。
露出計の付いていないカメラで撮るのと同じだと思えばよい。
ワークショップで習ったことだ。

しっかり写っているかどうか、どきどきしながらセルフタイマーでシャッターを切る。
この”どきどき”が、「大切な写真を撮っているのだ」という思いをいっそう強くする。

「フィルムが余ったから」という理由で、僕と姉がフレームから外れた、両親のみの写真も撮った。
照れる父親への強引な理由付けのためにも、フィルムで撮っておいて良かった。

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同じ日、母親がもらってきた写真館の無料撮影券を使うべく、巨大ショッピングモールの中にある写真館へ行った。
玄関先でリラックスして撮る写真とは別に、しっかりとした設備で、少し緊張を強いられる状況で撮る写真にも意味があると思ったからだ。

子供向けの記念撮影でそれなりに儲かっている写真館らしく、スタッフの数も設備も想像していたより立派だ。
ライティングされ、しっかりとセットされたスタジオで、カメラマンの指示を受けながら撮影される。
カメラは当然デジタル。
2,30分ほどの間に相当数のカットを撮り終え、モニタを見ながらプリントするカットを選ぶ。
選択するソフトもよく出来ていて、左右に並んだカットのどちらかを選択し、ボツになった方に新しいカットが出てくる仕組みになっている。
家族で相談しながら選択し、最終的に2枚をプリントしてもらうことにした。

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ゴールデンウィークに帰った際、母親に「正月に撮った写真、ちゃんと写ってた?」と聞いた。
「あんたに撮ってもらった写真の方がやっぱりよかったわぁ。」との答えにほっと胸をなでおろす。
写真館での写真は、やはり緊張気味だったせいもあり、母親の思い描いている”家族のかたち”が写りこんでいなかったのかもしれない。

年齢を重ねれば重ねるほど、家族そろっての記念写真の重さが増していくように感じる。
家族が家族の写真を撮るというのは、本人が思っている自分やお互いのイメージを写すための、最も優れた手法なのだと思う。
僕に写真の手ほどきをしてくれた父と、いつも「記念写真を撮ろう」と照れる様子も無く提案してくれる母に、ただただ感謝するばかりだ。



Zeiss Ikon Biogon 35mm ZM
  1. 2007/07/14(土) 21:47:46|
  2. 原風景
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旅するカメラ3とtraverse

雨音で目が覚めた。
昨日のトークショー参加時に購入した旅するカメラ3を読むことにする。
写真集traverseはその後だと決めていた。
ジャズでも聴きながら読もうと思っていたが、BGMは雨音に変更。

カメラの話や撮影の話、、、、いつもどおり楽しい読み物として読んでいたら、ふいをつかれた形で後半の物語に感動して涙してしまった。
写真を撮るということは、大切な思い出やつながりを形にすることではないか、そして形にするという行為は、そのつながり全てを肯定する行為ではないか、と思えてくる。

07071404.jpg

旅するカメラ3を一気に読み終えた後にtraverseを見る。
旅するカメラ3写真集の長いキャプションのように思えて、様々な物語が頭の中を駆け巡る。

一人の写真家の人生が凝縮されているような、濃密な時間。
カメラもフィルムもフォーマットも様々で、その全てがOKなのだ、と思えてくる。
長い間写真を撮りつづけている者のみが獲得できる時間。

無性に写真が撮りたくなった。

07071405.jpg

701
  1. 2007/07/14(土) 13:19:28|
  2. OLYMPUS E-410 Planar 50mm
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ギャラリー冬青にて「渡部さとる写真展 traverse」を見る

ギャラリー冬青にて、「渡部さとる写真展 traverse」を見る。
本日はトークショー。
先日行かれたアルルのフォトフェスティバルでの写真をスライドショーで見ながら、お話を聞く。

おもしろかった。
そしてちょっぴり感動した。
10月にパリで展示することが決まるまでのいきさつは、まさに偶然の出会いの重なりの上に成り立っていた。
点と点が絶妙なバランスのもと繋がっていく感じ。
必然の偶然、とも言える出会いが短い期間の中に凝縮されていて、淡々と語る師匠の言葉に何かとても大切なことが凝縮されているように感じた。

KICX4958.jpg

トークショー終了後の静けさの中、改めてプリントを見る。
本や写真集、以前の写真展で見たことのあるプリントも多いのだが、やはりオリジナルのプリントは目の前で見ると吸い込まれそうにな魅力がある。
もう一度じっくり見に行くつもりだ。

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今回の展示および写真集出版は、前回の展示が好評でプリントが売れたことがきっかけで実現したそうだ。
展示プリントや写真集が売れることで、次の人が写真集を出しやすくなり、さらにその人の写真集が売れてまた次の人の展示や写真集出版がしやすくなり、、、という風になることを願っている、と話されていたのがとても印象的だった。


  1. 2007/07/13(金) 23:59:32|
  2. CONTAX i4R
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神楽坂から護国寺まで(3)

普段歩きなれた道も、丁寧にディテールを拾っていくと、思いがけない発見がある。
ぼんやり通り過ぎてしまうか発見して感動するかは、その時の自分の意識次第。

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神楽坂、江戸川橋、護国寺付近

 

この日の光は曇天のやわらかい光。
必然的にモノクロ的な視点に近くなり、光の微妙なトーンが溢れている場面を探している。

一人で歩いているともう少し枚数を撮ったかもしれないが、誘導する方にも神経を使いながらなので普段の散歩よりも枚数は少ない。
自分の心の持ちようは如実に撮影結果に反映されるのだ、ということを改めて実感。

  1. 2007/07/12(木) 23:08:56|
  2. CONTAX T2
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神楽坂から護国寺まで(2)

を歩いていて反射的に撮る風景がある。
10年以上前に行ったパリでも、東京の下町でも、その基準に大差は無い。

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神楽坂、江戸川橋、護国寺付近
  1. 2007/07/12(木) 21:41:23|
  2. CONTAX T2
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神楽坂から護国寺まで(1)

神楽坂は東京に住むようになる前から好きな
坂、細い路地、石畳、おいしいお店、雑貨屋さん。
歩いていて楽しいの条件を全て満たしている。

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東京に来てからもよく来ているのだが、東京に来る前に見た神楽坂と、少しずつ変わり始めている。
大きなマンションが建ったり、大学の移転が決まって店の前のシャッターに「建築計画」の張り紙が貼られていたり、、、。

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最近テレビのドラマが収録されてからは、急激に観光客が増えたように思う。
の生き残り方として、そういう選択肢を取ったのかも知れない。

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この日は写真仲間と飯田橋で待ち合わせ、護国寺まで歩いた。
道を間違えないように、そして誰かの構えたファインダーの中に入ってしまうことがないように、付かず離れずの微妙な距離を保ちながら護国寺まで先導。

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途中の道のりは見慣れたものではあるけれど、何度歩いても新しい発見がある。
徒歩圏内なのに毎回小さな旅をしているかのようだ。

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神楽坂、江戸川橋、護国寺付近


この日も前回の都電荒川線のたびと同じ理由で、信頼のおける自動のカメラとしてT2を持っていった。
電源をONした時のレンズが繰り出される音、シャッターを切った時のシャッター音と巻き上げの音、クリアで明るいファインダー、どれをとっても大好きなカメラだ。
このところ使っている他のカメラに比べると、レンズの描写が甘いと感じることもあるのだが、逆にその甘さや周辺光量の低下が独特の世界を持った写真を生み出す。
曇った日にポジで撮ろうと思わせてくれる、唯一のカメラだと言っても過言ではない。

神楽坂~護国寺あたりは、東京の中心部に位置するものの、しっかりと生活する人がいて、のスケールが人間の生活のスケールに一致している。
車での移動に最適化された新しいと違って、どこかアジアの国のような雰囲気が漂うのを、T2というカメラだからこそ捉えられたのではないか、と思う。

  1. 2007/07/11(水) 23:19:41|
  2. CONTAX T2
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曇天の蓮

やわらかい光の中、ひっそりと浮かぶ。

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701


久しぶりにRXⅡにPlanar50mm。
RXⅡで蓮を撮ろうと思ったきっかけはごくごく単純だ。
RXⅡにはコマ間写しこみという機能が付いている。
フィルムとフィルムの間に日付が写しこまれるのだ。
写真そのものではなくフィルムに写しこまれるだけなので、作品には日付が写りこまない。
毎日数枚づつの撮影にはとても便利な機能。

長らくメインの組み合わせだったのだが、G2の導入により最前線から退き、最近ではZeissIkonにすっかりその座を奪われていた。
Gシリーズ用もZeissIkon用も現代的でヌケの良い、シャープな写りのレンズなのだが、コンタックス用は少しだけ趣が異なるようだ。
特にこのコンタックス用プラナーはほんとにとろけるようなボケが美しい。
やっぱりこのレンズは特別なんだろうな。
  1. 2007/07/10(火) 21:38:11|
  2. CONTAX RXII Planar 50mm
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雨天の蓮

雨に濡れる蓮もまた、魅力的だ。

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  1. 2007/07/10(火) 21:33:11|
  2. CONTAX RXII Planar 50mm
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晴天の蓮

思い出したかのように突如晴れた日。
曇天のやわらかい光に浮かぶ蓮も好きだが、バックが青空というのはやはり気持ちが良い。
心なしか蓮の方も誇らしげだ。

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春先に植え替えた時は泥の中の蓮根。
暖かくなると同時に見る見る葉っぱが出てきて、たくさんの花が咲いた。
その成長の早さに季節の移り変わりを感じる。

小さな鉢の中に自然の真理を見るのは、日本人独特の感性かもしれないが、事実睡蓮鉢の中には小宇宙が存在していると感じることがある。
そしてそれがバックの大きな青空と境界無く繋がっているということに、感動すら覚える。

東京の公園の蓮はこれからが本番。
今年はベランダの蓮以外の蓮も見に行こうかな。
  1. 2007/07/09(月) 22:33:24|
  2. CONTAX RXII Planar 50mm
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写真と音楽と植物をこよなく愛する東京在住の大阪人です。
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