日々の空

気の向くままに写真を撮り、思いつくまま文章を綴った日々の泡の記録。

バスを待つ間

ブリッツギャラリーで「Terri Weifenbach "Lana"」を見た後、TPPGやルーニーへ。
Terri Weifenbachさんの写真は、10年近く前に大阪の洋書屋さんで写真集を見て以来気になっていた。
当時1万円強の写真集を買える余裕もなく諦めたのだが、このところ絶版になって価格が高騰していた。
今回ギャラリーで少数入荷するとのことで、予約してやっと手に入れることができそうだ。
やはり写真集は欲しいと思った時に買っておくべきだ。


TPPGからの帰り道、四谷三丁目の交差点付近を歩いていると、綺麗な目をした人とすれ違った。
どこかで会ったことのあるような、ないような、そんな小さなひっかかりを持ちながら歩いていると、小さな声でおばあさんに呼び止められた。

「今日は土曜日ですか?」
どうやらバス停の時刻表で土日のものを見ればよいのか平日のものを見ればよいのかわからなかったらしい。
「はい、土曜日ですよ。どちらまで行かれるんですか?えっと、今18時40分だから、次は、、、、」
時刻表を見て次のバスまで20分以上あることを伝えると、少しがっかりした様子になったが、すぐに笑顔になって自分のことを話し始めた。
皺だらけの笑顔はあまりにも美しく、見つめられるとこちらの心まで洗われるようだ。
バスが来るまでの間、話を聞かせてもらおうと決めた。

おばあさんは慶応病院の近くに住んでいて、今日は図書館に行って本を借り、丸正によって買い物をして帰るところだったらしい。
新宿の高層ビル群を見つめ、淡い夕焼けを見ながら話す言葉は、とても心地よいものだった。
「まあロマンチックね~。綺麗な空。
60年住んでるんですよ。
昔はここから伊勢丹が見えて、日本人は入れなかったんです。
丸正さんはござ1枚から始められたんですよ。
ずいぶん変わったわね~。
ここの畳屋さんなんかも随分大きくなって。
億ションなんか持ってもだめ。
ご近所にどんな人が住んでいて、その人たちと仲良くやっていけるかが大事なの。
息子がいるんです。60歳。
お兄さんもお体に気をつけてね。
車やなんか危ないから。
あら、私のバスが来た。
そいじゃどうもありがとう。
お体に気をつけてね。」

皺だらけの顔がとても魅力的に見えるのは、どんなにつらいことがあってもたくさん笑ってきたからなんだろう。
遠い親戚にあたる人に同じような笑顔を持つおばあさんがいた。
誰からも仏様のような人だといわれ、後から聞いたところによると随分つらい境遇にあったようだが、いつもいつも笑っていた。
笑うと皺だらけになるのに、ほっぺただけとても艶があって綺麗だった。
そのおばあさんの顔は、笑顔以外に思い出せない。
もう随分前に他界されたので記憶にある笑顔は僕がまだ中学生ぐらいの頃のものだが、今でも時おり鮮明に思い出すことがある。
一生を共に過ごす女性が現れたとしたら、あんな風に歳を重ねてほしいな、と思う。
今日会ったおばあさんもそんな風に思える笑顔を持っていた。

新宿方面に歩き出すと、さっきすれ違ったはずの綺麗な目をした人。
反対の方向に歩いていったと思っていたので、狐につままれた気分。
この人も歳を重ねると美しい笑顔の持ち主になるのだろうか?
なんとなくそうなりそうだと感じたから、どこかで会ったような気になったのかもしれない。

08080201.jpg
  1. 2008/08/02(土) 22:51:04|
  2. OLYMPUS OM-1 ZUIKO 50mm
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坂の街と一期一会

四谷付近を気の向くままに歩いていると、方向感覚がなくなってくる。
車があまり入ってこず、細い路地をつなぎ合わせるように歩いていると迷子になるようなを、僕は良いだと勝手に思い込んでいる。
道に迷い、新鮮な発見ができるというのは、生活者ではないものにのみ与えられた特権だ。

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坂の多いである。
坂の多いというのはどことなくヨーロッパの雰囲気に近いものを感じることがよくある。
そんなことを思いながら歩いていると、学生の頃にパリに行った時のことを思い出した。

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モンパルナスは坂ので、その小高い丘の上にサクレクレールという寺院がある。
そこまでの道を、半ば迷いながら上って行くことに楽しみを覚えていた僕達は、適当な道を選びながら歩いた。
しばらく歩くと、ばったりとおじいさんに出くわした。
おじいさんは親切に「サクレクレール?」と聞いてきてくれて、寺院までの道筋を教えてくれた。
そして寺院にたどり着くにはその道以外にないという。

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あまり地図を見なくても適当にたどり着けるだろうと高をくくっていた僕達だったが、教えてもらった通りの道を進み、寺院に到着してから地図を見ると、おじいさんの言うとおりであったことに驚いた。
他の道は一見寺院に続くように見えるが、結局もとの場所に戻らなくてはならない道ばかりだったのだ。

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しばらく住宅を歩いていると、前から何かの楽器を肩にかけた女性が歩いてきた。
静かな住宅街で、車も通らない道。
一瞬目が合い、すれ違う。
少しだけ歩いて「何の楽器なんだろう?」と振り向いた。
驚いたことに全く同時にその女性もこちらを振り向いていた。



ドラマなら何かが始まりそうな場面だが、現実はそんなにドラマチックではない。
何事もなかったかのようにお互い反対の方向に歩き出した。
おそらくこの先一生出会うことのない、一瞬の出会い。

そしてそのすぐ近くでは、この先ずっと寄り添って行くであろう一生の出会い。
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一期一会。

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四谷
  1. 2007/03/15(木) 21:17:26|
  2. OLYMPUS OM-1 ZUIKO 50mm
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変わるものと変わらないものと

よく晴れた日。
OM-1にモノクロフィルムを詰めて出かけた。
普段と違う方向に歩きたくて、吹上稲荷神社の境内を通る道を選択する。

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神社に立て看板が掲げてあり、補修の協議を行っているとのこと。
目の前で大正湯という古く立派な銭湯が壊されていく様を目の当たりにしているため、こういう立て看板を見るとどきりとする。

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特別大きいわけでもなく、観光地として有名でもないこうした神社は、生活にしっかりと関係付けられていて、その空間が必要とされていることが多い。
普段ひっそりとしているこの神社も、お祭りの時はにぎやかになる。
取り壊し、などということはないと思うが、末永く残っていて欲しいものだと願った。

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天気が良く春の陽気のせいか、民家の軒先で咲いている梅の花が目に留まる。
青空をバックに満開の梅を撮りたくなった。
軒先に立派な梅の木がある家、というのは幸せな家のように思えてくる。

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細く曲がった路地を抜けると大通りに出る。
この大通りに面して、路地の入り口にあった2階建ての長屋は、昨年の秋頃に取り壊された。
この通りがマンションの立ち並ぶ大通りへと変貌するのも時間の問題だろう。

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地下鉄に乗って四谷近辺に向かう。
地下鉄というのは車窓からの景色が見られなくてあまり好きではない。
人を観察すればよい、という考えもあるのだろうが、長続きしたためしがない。
人に興味がないわけではないのだが、視界がすぐに思考によって遮られてしまうのだ。

--------------

四谷近辺は都心部のわりに落ち着いていて、古い家が多い。
ということは相対的に取り壊されていく家も多い、ということになる。
神社の補修協議の立て看板を見たせいか、この日は普段以上に空地や取り壊し寸前の家々が気にかかった。

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やはり家というのは人が住んでいて、生活が外ににじみ出ている方がよい。
そしてはそういう家々で構成されている方がよい。

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ふと気づくと、ここにも軒先に梅の花の咲く家がある。
たとえ住む人が変わっても、たとえ家が取り壊されても、そこに根付いた木々は出来る限り長く生き延びて欲しい、と少しセンチメンタルな願いとともにシャッターを切った。

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護国寺、四谷
  1. 2007/03/14(水) 22:03:21|
  2. OLYMPUS OM-1 ZUIKO 50mm
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  4. | コメント:0

Display

季節や時間によって刻々と移り変わることが、の魅力。


護国寺


やはりこういう光に反応してしまう。
非常にモノクロ的な光景だと思う。


先日から自分で現像を始めて、初めて35mm×3本を現像したうちの1本より。
某量販店経由で有名な某現像所に出すのと比較して、、、、と分析したいところだが、まだまだデータが足りなくて何とも言えない。
少なくとも悪くなっていない、と思うのは自分で現像したフィルムに愛着があるからだろうか。
処理自体もそうだが、そういう意味でも現像と料理は似ているな、と思う。
  1. 2007/02/27(火) 21:25:51|
  2. OLYMPUS OM-1 ZUIKO 50mm
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  4. | コメント:2

梅に鶯

「昨日の雨のおかげで、今日は午前中を中心に青空が青くなるでしょう」というのが自分なりの天気予報。
昨日寝る前にそんなことを考えながら寝たら、今朝は7時に目が覚めた。
我ながらある意味特技だと思える。

空を見るとやはり青空の色がクリアで心地よい。
朝食もそこそこにカラーポジをローライフレックスに詰めて家を出る。
午前中早い時間のおかげで、静かだが生活を感じられる光景に出くわす。
旅に出た時も朝食前の散歩が好きだ。
日常の静かなひと時を感じられるから。


今日もいつものように目的地は決めるものの道筋は決めない。
アバウトに、感覚任せで歩いていくと、魅力的な路地を見つける。
方向感覚を失うことが心地よいのを知っているから、あえてそちらに迷い込む。

そうこうしているうちに、とある路地で見事に咲き誇る梅を見つける。
向こうから白髪の初老のおじさんが歩いてくる。
梅の木の辺りですれ違う。
ちょうどその時、梅の木に2羽の鶯が舞い降りた。
しばらく梅の木の枝から枝に飛び移る姿を眺め、鶯の羽の美しさに見とれていると、初老のおじさんも同じように鶯を眺めていることに気づいた。

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おじさんと目が合った。
「写真、撮られたらどうですか?」
ローライを見て、にこやかに言う。
「そうですね。」
おもむろに構える。
ファインダーを覗く。
すると、梅の木で遊ぶことに飽きたのか、鶯は飛び去った。
「行ってしまいましたね。」
そう言いながらおじさんの顔を見る。
おじさんも無言のまま笑顔だ。

ume2.jpg

を歩いていると、出会いがたくさんある。
それは人との出会いであったり、猫との出会いであったり、時には光との出会いもあるかもしれない。
僕はその全てを写真に撮ることはできないのだけれど、カメラを持ってに出ることで確実にそういう出会いは増えているのだと思う。

明日もそんな出会いを求めてに出よう。
すがすがしい青空だといいな。
  1. 2007/02/24(土) 23:58:01|
  2. OLYMPUS OM-1 ZUIKO 50mm
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写真と音楽と植物をこよなく愛する東京在住の大阪人です。
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